2022年4月の末、76年の生涯を閉じた母。
母が、50代の頃より。
「おっ母は、世の医学の為に献体で役立ちたいさ~!」
が、私への口ぐせでした。
私は、ふたつ返事で「あら、素晴らしい事よ」と。
そんな母が2022年に他界し。
現実、大学病院の献体へ向かいました。
「いってらっしゃい」
と見送った姿が昨日の事の様です。

私の家にあります小さな可愛らしい、御仏壇に。
はじける笑顔の母の遺影を。
私、初めて知ったのですが。
献体期間は、丸2年間。
で、すぐ荼毘にふされ大学病院内にあります永代供養へ。
その様に思っておりましたが。
まめに、大学病院さんに電話連絡を入れ お話しました所。
⭐医学の発展の為、献体に御協力下さいました方達が つとめを終え「20体以上の方が」揃いましたら荼毘が行われます⭐
「なるほど、確かに!そりゃあ そうよね!」
と、母の御仏壇に、独り言で話したりして。
そして、2025年の1月21日に、22体の御協力者様が揃いましたので、荼毘に、そして永代供養へ。
との、お話が やっと私に届きました。
仕事で沖縄に行けない私に、妹の様に大切な従妹は。
それはそれは、丁寧に丁寧に扱って下さったと聞きました。
母の他界から、3年と8ヶ月が経過しての事です。
母の御仏壇に「恵子ちゃん、あんたは偉いっ!」と、涙にもならないし感動すら呼ばない、他愛のない言葉をかけ。
「これで、一区切りついたわね。大変お疲れ様でした」
と。



日々、連絡を取り合う36年来の親友女史から、まさかの お花が届きました。
母もそう、私もそうなのですが。
周囲に居る、あたたかい友人にめぐまれております。
母が他界しまして、より、母と私が「ひとつ」になった気持ちになり。
私は涙ひとつぶも、こぼした事が無いのですが。
友人らの(忘れないでいてくれている)この様な想定外な事には、涙がポロポロこぼれてしまいます。
母の顔写真を改めて見てみました。

『私の人生も「まんざら」では無かったでしょ!』
と、はちきれんばかりの母の笑顔が、そこにありました。
( ^-^)ノ∠※。.:*:・’°☆