いつの日か行く場所

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一昨日の夕方、母(おかん)の同級生であり、母の親友でもある、おばちゃんの訃報を聞いてね。

 

私って、さかのぼると3歳から現在までの、記憶が鮮明に残っている人で、その最初の記憶から、おばちゃんは居たわ。

 

私と姉が幼い頃、おばちゃんと母は、沖縄で、そりゃあブイブイいわせていたのよ(笑)

 

何事にも真剣な女。
幼い頃の私と、おばちゃんがケンカをしても、私を子供扱いせず、本気でぶつかってきたの。

 

かと言って、それだけでは無く、全てをさとったかの様な温かい眼差しで、包む様に見守ってくれたり。

 

話すと長くなるけれど、不思議で素敵な、おばちゃんよ。

 

私が小学校低学年の時。
一番最初に…
『この子は将来、絵で食えるよ』
…と言ってくれた人。

 

闘病していた事を、親友の母や、他の誰に話す事無く逝ったわ。

 

それが、悲しい、みずくさい、切ない、他人行儀とかでは無い、おばちゃんらしさ(性格)なのよ。

 

思い返せば、おばちゃんが愚痴や、人様の悪口、泣き言を言ったりしている記憶だけは無くてね。

 

おばちゃんと母が若い頃、ハイカラで格好良く、真っ赤な口紅を塗り、そして、のんべえだったから(笑)

 

ふと私も、弔い酒を、おばちゃんの気質らしく、明るく楽しく(一緒に飲んでいる気分でね)深夜一人、出かけたわ。

 

いつも良くしてくれる、六本木は、20年以上の付き合いのお店で、久しぶりの朝までコース(苦笑)+(爆)

 

あっけらかんと当たり前に楽しく、バカを言って飲んでいたんだけれど。

 

馴染みのオーナーさんが、私の何を感じて察してくれたのか…

 

『そうちゃん、今日はお金いらんわ』
お会計をタダにしてくれたの。

 

あと、飲みに出かけると、お隣の席に座ってらっしゃる方達が話しかけてきてくれるんだけど、私の誕生月だと(何で知ってるの!?)初めて御会いした方にも関わらず、シャンパンを、ふるまって下さったわ。

 

おゴチになりっぱなしの、セコい御釜の話じゃ無くて(笑)

 

朗らかな気分で、ふらふら帰宅出来たの。
二日酔いだったけれど、いい弔い酒と、やはり人間っていいな。
と、いつも以上に感じた、お酒の日でした。

 

私は、幸せ者です。

 

画像は、頂いた御名刺宛てに、シャンパンの御礼で送付する色紙ハガキね。

 

私も人生折り返してみると、親戚、恩人、友人知人の訃報に対して、若かった頃とは、捉え方が変わってきているの。
(勿論、その人の亡くなり方にもよりますが)

 

若い頃は、ただ…

 

『どうして!?何で!?嘘でしょ!?信じられない!!』

 

…私が若すぎるが故に、死に対して、全く実感がわかず、そして身近では無く縁遠い世界だから、泣いて泣きぬれて、否定したくなるだけの捉え方よ。

 

現在、40も過ぎると…

 

『いつの日か私も、必ず行くであろう場所(世界)に、先に行ったのね。また会えるかしら?会えるわよね。待ってて』

 

…この歳になると、お見送りが増えてきます。
でも、あちらの場所で、再び会える人が待っててくれていると思えば、その人の死を通して、自分にとって、どれだけの存在であったか再確認が出来、より命の尊さや重さを感じつつも、若さ真っ只中の頃に抱いていた、死との縁遠さ(イメージ)は無くなっています。

 

未曾有の天災、震災によって、やはり悔やんでも悔やみきれない、悲痛な別れの数々を見た事でも、大きな意味で、生と死のとらえ方と、私の人生感が、かなり変わった。

 

とも、確実に思うし。

 

今、生かされている有り難みを噛み締め、現世では何より、人との繋がりと慈しみ、感謝の気持ちを大切にしたいです。

 
(^-^)